2014年8月19日火曜日

ペルーボリビア旅行 LIMA



こんにちは、パスカルです。

なんとか14日のプレゼンも終わり、ほっと一息。

今更感も否めないですが、7月後半にいった旅行のお話を書きたいと思います(^^)

本当にいろんなところに行って、1投稿だけではむり!ということでみんなで分担しています。笑 というわけで私はリマについて書きます。

リマは ペルー共和国の首都並びに政治、文化、金融、商業、工業の中心地である。人口約800万人で同共和国最大(by wikipedia)だそうです。私たちの旅の最初の目的地でもありました。海外から飛行機でマチュピチュ、クスコなどに行こうと思うと必ず中継する都市だと思います。

42の行政区分に分かれており、首都であるだけに様々な階層の人々が住んでいるようですが、今回の旅行では高級地区であるSan Isidoro区とMilaflores区のみを訪れました。

空港で米ドルをペルーの通貨、Nuevo solに変え、迎えをお願いしていたタクシーに乗りホテルへ。リマは海に面した都市なので高速の一部は海に張り出していて、気持ちよかったです。海っていいですよね。笑 ホテルについて一息ついて、ホテルの方にお勧めを聞いて近くのビュッフェランチへ。後から判明したのですが、このレストラン、地元の超高級レストランだったらしいですww ちなみにSan Isidoro区です。
レストランの名前はVIVALDI 見た目からしておしゃれ♪


ランチビュッフェで約25ドルくらいだったのですが(確かに高い)とっっっってもおいしかったです!ビュッフェだから食べ放題だし、このお値段でこのクオリティが食べられるのなら、とみんな大満足。

ちなみにペルーのお昼の時間は普通に12時くらいでした。やっぱりチリおかしい。。

どうです?おいしそうでしょ♥

ペルーで初めてお目にかかった飲み物、Inca Kola。おいしかったのでおすすめ!

 旅行していて分かったことなのですが、ペルーはチリと比べて本当に本当に食事がおいしかったです。高級レストランに限らず安くてもおいしかったので地域の問題でしょう。後から聞いたお話ですが、ペルーには金鉱があったので大航海時代・植民地時代などスペインから裕福で地位の高い人が多く来たため、料理もおいしいようです。なんと。チリには金はなかったのでそういうわけにはいかなかったのだとか。 今ではチリの方がお金持ちですし進んでいますが…
ペルーからチリに移住する人もいるので近頃はペルー料理店も増えているようです。

遅めのお昼を食べた後は歩いて30分くらいのMilaflores区の方に民芸品市場があるとのことだったのでお散歩しながらそちらの方向へ。途中で公園があったのでその中を通って行きました。公園もきれいでこれならリマの方がご飯おいしいしいいじゃない!って思ってみたり。
ちなみに途中に日本食材店もありました。店内では3年前くらいの紅白がなぜか流されていました。なぜ?笑




公園の中

民芸品市場 Inca Market 品揃えもそれなり。

 夕方は私の友人(ペルー人です)がリマに住んでいたので再会すべくみんなでご飯へ(^^) 地元の人がいると頼りになります、やっぱり。Milafloresにある繁華街のモールのレストランへ。タクシーは1台に乗りきらないということで、私とKeegoは彼女とともにバスへ。はからずもこちらの公的交通機関を体験することに!サンティアゴはバスには路線番号が表示してあるので一目でどのバスがどこを通っていくのか分かるのですが、リマではバスの乗降口に立っている係の人に聞かないとそのバスがどこへ向かうのかわからないようです。サンティアゴは比較的公共交通機関は整備されていると思います。

夕食は彼女のおすすめのペルー料理を注文。どれもおいしかったです!



みんなが持っているのはChichamoradaという紫トウモロコシのジュース。

何度目か分からないですがペルーはほんと料理がおいしい…

連れて行ってくれた友人と。6年ぶりという気はしなかったですw


ペルーも海に面しているので海鮮料理が多いようです。(チリはこんなに海岸線長いのに肉の方が多いような…笑) セビーチェが特におすすめらしいです。
リマは何もないと聞いていたけれどとても快適な街だったのでそれならもうちょっといればよかったとちょっと後悔…笑 

旅行したりはしていますがチリ組も別に遊びまわっているわけではないです…よ! 旅行は夏休みがない分ということにさせていただいています。

旅行のほかの日程についてはほかの子が書いてくれると思いますのでこうご期待!笑

2014年8月18日月曜日

ペルーボリビア旅行!(マチュピチュ編)

お久しぶりです、ポパイです。

14日のプレゼン準備のため、しばらく更新できずじまいでいました。
すみません。

今回は、Keego が書いてくれたように、7月中旬から下旬に行ったペルーボリビア旅行のうち、私はマチュピチュについて書こうと思います!


マチュピチュ村までの道のり

まず、最初に説明しておかなければいけないことは、実はマチュピチュ遺跡まで行こうと思っても、「マチュピチュ遺跡まで飛行機でひとっ飛び!」という訳にはいかないということです。

マチュピチュ遺跡に行くためには、マチュピチュ村という村からバスで遺跡に向かうしかありません。

そして、そのマチュピチュ村まで行くためには、ペルーのポロイという町かオリャイタイタンボという町から、鉄道に乗る必要があります。

行きと帰りに違う町に行こうと思い、行きはオリャイタイタンボ、帰りはポロイを経由することにしました。

それでは、以前Keego が紹介してくれたオリャイタイタンボからマチュピチュ村までの道のりについて、これから説明します。

オリャイタイタンボから乗る鉄道は、インカレイルとペルーレイルという2つの会社のものが主で、私たちはペルーレイルの鉄道に乗りました。

その鉄道には3つのランクがあり、値段の高いものから順に、Hiram Bingham, Vistadome, Expedition となっています。

今回のマチュピチュ旅行を計画し始めたときは、「せっかくの旅行なので、どうせだったらいいものに乗ろう!」とか思ったのですが、一番値段の高いHiram Bingham は、地球の歩き方によると、ポロイ駅から片道US$438-452という超高額…!

さすがに手が出ませんで笑、最も観光客に人気の種類であるVistadome に乗ることに決めました。

時期によって値段が少々異なるようですが、今回はオリャイタイタンボからの往路はUS$60、ポロイまでの復路はUS$106でした(それでも少々高いですが笑)。

乗車にあたっては、チケットを見せると、ペルー人の乗務員さんに「○○さんですね?△△番の席になります。」と日本語で言われたのには驚きました。

前に並んでいらっしゃったお客さんも日本人の方々で、マチュピチュは日本人に人気の観光スポットなのだと実感しました。

PERURAIL の Vistadome


Beautiful(?) Japanese girls on the train

Vistadome には、天井にも窓がついていて、非常に眺めがよかったです。

天井にも窓が

Vistadome の旅は非常に快適で、軽食も出てきました(ただ、ポロイよりマチュピチュ村に近いオリャイタイタンボからの鉄道だと、軽食は本当にサンドイッチだけ、といった感じでしたが…笑)。

車窓からの美しい景色を眺めながら、無事マチュピチュ村に着きました!


マチュピチュ村を出発!

マチュピチュ村には夕方に到着し、着いた当日はそのままホテルに直行しました。

翌朝は早朝に朝食を食べ、マチュピチュ遺跡へ向かうバスが停まるバス停へと向かいましたが、すごい行列でした。

人、人、人、、、

準備万端、Let's go!!

行列の割には思ったよりバスに乗るまでに時間はかからず、クネクネした山道に揺られながら、マチュピチュ遺跡に到着しました!


マチュピチュ遺跡

空中都市、もしくは失われた都市と呼ばれるマチュピチュは、言葉では表しきれないほど雄大で、幻想的な空間でした。

英語のガイドさんを頼んでいたので、そのガイドさんからの説明を聞きながら、およそ2時間半ほどかけてマチュピチュ遺跡を見学しました。

入り口近くから見たマチュピチュ遺跡

段々畑

作業小屋

見張り小屋
整えられた石造り

ガイドさんからは、いろいろなお話を聞くことができました。

例えば、みなさんはリャマとアルパカの違いをご存知ですか?

見た目の違いももちろんあるのですが、こちらが驚いたのは、リャマは生えている草の表層部分のみを食べるのに対し、アルパカは生えている草を根こそぎ食べるという違いです。

また、アルパカの毛は質が良いため、セーターやマフラーなどに利用されます(特にベイビーアルパカのマフラーは肌触りが抜群です!)が、リャマの毛はそのようなものに利用されることはないそうです。

リャマとアルパカ

また、もちろんインカ帝国に関する歴史的なお話もたくさん教えていただきました。

インカ帝国においては、コンドル、ピューマ、ヘビは神聖な動物であり、特にコンドルは不死の象徴とされているということや、スペイン軍がインカ帝国の都市を次々と滅ぼしていく中、標高約2,400m に作られたマチュピチュはスペイン軍に見つからずに済み、1911年にHiram Bingham によって発見されたということなど、興味深いお話を伺えました。

お気づきになった方もいらっしゃると思いますが、マチュピチュを最初に発見した人の名前をとって、先ほどの最高級の鉄道の名前が付けられたのです!

世界史は高校のときに少し勉強したくらいでしたので、ガイドさんの説明を聞いていて、自分の知識の浅さになんだか悲しくなりました。

日本に帰ったら、是非とも教養を深める本を買って読みたいと思います…。


マチュピチュ山

ガイドさんによるマチュピチュ遺跡見学ツアーが終わると、いよいよマチュピチュ山の登山です!

マチュピチュの観光で有名な山というのは、実はマチュピチュ山ではなくワイナピチュという山なのですが、そのワイナピチュに入るためのチケットが一ヶ月前から売り切れていたので、代わりにマチュピチュ山へのチケットを購入しました。

マチュピチュ山という山は隠れ絶景スポットで、山頂からはかなりよい眺めが見えるとのこと。

期待が高まります。

さて、看板が見えてきました。ここからマチュピチュ山への入り口に向かいます。

看板 (Montana Machupicchu へ!)

入り口では、名前と登山開始時刻などを記入しなくてはいけません。

ガイドさんから伺った話ですが、登山者に事故があったかどうかがわかるように、ワイナピチュでもマチュピチュ山でも、今では必ず「サインイン・サインアウト」の仕組みをとっているそうです。

Sign in

ワイナピチュよりマチュピチュ山の方が険しい道が少ないと聞いていましたが、実際はそこそこきつい道も多く笑、途中で休み休みしながらでしか行けませんでした。

行きは2時間、帰りは1時間半ほどかかりました。

険しい道のりを登るonちゃん
途中で休憩

いつの間にマチュピチュ遺跡が小さく見えている…!

向かいに見えている山がワイナピチュですが、これは標高2,690m で、「若い峰」を意味します。

対して、自分たちが登ったマチュピチュ山は標高2,940m で、「老いた峰」を意味するらしいです。

途中ですれ違う登山客に「あと45分だよ!」とか「ここからどんどん道が楽になるよ!」と言われましたが、平気でそこから90分くらいかかりましたし、道は全く楽になりませんでした笑

さて、いよいよ山頂が見えてきました!

山頂まであと少し!

山頂に着くと、本当に360度絶景が広がっていました!!

山頂!

とても小さく見えるマチュピチュ遺跡とワイナピチュ
そびえ立つ山々

山頂からの絶景を堪能し、帰路につきました。

個人的な感想ですが、山登りは下りがきついですね (^^;)

山登りが終わってまたマチュピチュ遺跡を見ようかとも思ったのですが、クタクタだったので、皆で帰りました笑

村に着いたら、事前に調べてあった美味しいレストランで食事をし、マチュピチュを大満足で後にすることができました!

 レストラン Indio Feliz での美味しいお食事 



次回は、そろそろ真面目に研究内容の紹介をしようかなと思います…!笑

ではでは!

ポパイ

2014年8月11日月曜日

サンボルハ病院内視鏡贈呈記念式典

今週の木曜は中間発表のプレゼンです。10分におさまるのか非常に不安です…
医科歯科から教授陣がお見えになるのでかなり緊張します… 
ブログ書いている場合かどうか、というのは突っ込まないでくださいww

というのはさておき…
今回はだいぶ真面目な内容です。なんといってもあの昭恵夫人とお目にかかれたんです!!

だいぶ日にちは遡りますが、7月30日にサンボルハ病院に日本のODA、草の根・人間の安全保障無償資金協力による内視鏡寄付の記念式典が行われました。
サンボルハ病院は旧市街に位置する病院で公立病院の一つです。公立病院と私立病院の差異については以前に何度も出てきているかと思います。もしかしたらチリ大付属病院よりはきれいかも。笑 外見はこんな感じ。(Google先生からもらってきた画像ですがw)


この病院に日本から無償寄付として内視鏡が寄付されました。寄付されたのは2013年のことですが、10年ぶりの日本国首相の訪智に合わせ、記念式典がおこなわれました。式典には病院関係者や医科歯科大関係者、大使館関係者、そして安倍昭恵夫人がご出席なさいました。

今までテレビの画面の中の方でしかなかった日本のVIPに実際にお目にかかれた私たちは相当幸運なんだと思います。
調べてみたら、この内視鏡寄贈以外にも色々な支援がなされていました。教育研究、医療保健が主な分野のようですが、ほかにも農林水産など日本が秀でている分野において無償寄付が行われているようです。地球の反対側のこの国の発展に、微力ながらも多岐分野に渡り自分の国が貢献していることを嬉しく思いました。

確かに医療技術という意味でこの国は遅れをとっているとは思います。日本の医師に教えてもらったことがしっかり実践できていない部分もなきにしもあらずのようです。医療従事者のレベルも向上させる必要があるのでしょう。医科歯科大の日本人医師をはじめとする先進国の医師による現地指導や、このような寄付が現地の医療の向上につながることを願います…。



このあとは、先生方と日本料理のお店に行ってきました!!おいしかったです。日本食ってやっぱり幸せですね♥♥♥ 日本に帰ったら堪能したいです。暑い夏はあまり好きではないけれどやはり日本の便利さと秩序と日本の食べ物のおいしさが恋しい日々です。
そして昭恵夫人はとっても美脚でした…!!笑 うらやましいw



2014年8月1日金曜日

ペルーボリビア旅行!(オリャンタイタンボ編)

ご無沙汰しています。Keegoです。

私たちは研究室からお休みを頂き、約一週間の旅行を楽しんできました!


旅程を大まかに説明すると

リマ→クスコ→オリャンタイタンボ→マチュピチュ村&マチュピチュの遺跡→クスコ→プーノ(ティティカカ湖)→ラパス

という流れになります。
プーノまでがペルーで、その後国境を越えてボリビアのラパスに入りました。

チリ組の各自が印象に残ったところをブログに書こう!ということになりましたので、私はオリャンタイタンボについて書こうと思います!

■インカとオリャンタイタンボの話

今回の旅行のメインはマチュピチュであり、マチュピチュはインカの遺跡なのですが
「あれ?インカってどんな文明だっけ?」と自分の知識の乏しさに気付いた私。

『インカ帝国探検記―ある文化の滅亡の歴史』という本をkindleでポチり、付け焼刃の知識を頼りに旅行へ出発したのでした。でも読んどいで良かった。オススメです


クスコという都市の近郊からマチュピチュまでは電車が走っており、その途中にオリャンタイタンボという村と、同名の遺跡があります。

クスコはかつてのインカの都でしたが、スペイン人によって占領されてしまいます。クスコを逃れたインカの軍隊が立てこもったのがオリャンタイタンボでした。
ここでは地の利もありスペイン人を撃退したのですが、スペイン人の再攻撃を受ける前にインカの人々はここを放棄し、さらに山奥に逃れたとのことです。

そんな経緯を知り、とても楽しみにしていたオリャンタイタンボの遺跡。
タンボとは宿場の意味だとのいうことですが、砦や宗教施設の役割も持っていたと言われているそうです。
ただ宿場を作るだけなら平地に作ればよいはずであり、山の上に作ったということはやはりそういった役割も重視していたのではと思わせます。

遺跡は駅から村の広場までの途中にありました。




段々畑らしき構造物が正面に見えます。でかい!

しかしここで、(他の遺跡との周遊入場券とはいえ)、入場料が70ソル(約2800円!!)すると判明。
なかなか強気のお値段ですが…これを逃したらたぶん二度と来られないでしょう。寄付をしたと思って入場券を買いました。



コの字形になっていて、左右はせり出した崖、正面には段々畑が15段ほど続き、その上はさらに数段、砦のようなつくりになっています。
スペイン人により破壊されてしまったのが残念ですが、それでも倉庫のような建物や壁がところどころ残っており、剃刀の刃も通さないと言われるインカの石積みも見ることができます。





息を切らしながら段々畑の上まで来ました。巨大な石が6個も並んでいます。恐らく神殿の跡とのことで、ガイドブックやネットの情報によると高さ4m、重さは50~80トンだそうです。大阪城で重さ100トン以上と言われる石を見たことがありますが、ここの石もなかなかすごい。何よりどうやって段々畑の上まで運んできたのでしょうか…




良く見るとさらに上があります…



壮大な遺跡でした。これほどの砦を放棄したなんてもったいないという気がしてしまいます。

マチュピチュと違って観光客は少ないためどこかもの寂しいです。

歴史上、インカは長らくクスコ周辺にとどまる勢力でしたが、15世紀頃、戦争や巧みな外交により急速に支配地域を拡大して南北アメリカ大陸随一の帝国となったそうです。そして、インカが最盛期を迎えた時にスペイン人の侵入が始まったということです。盛者必衰の理をしみじみと感じました。




2014年7月15日火曜日

The Virtual Trip to "Clinica Las Condes"

みなさんお久しぶりです。
ポパイです。

日本はいよいよ夏といった感じかもしれませんが、こちらはかなり冷え込みが厳しくなってきています。

寒いです。

さて、今回は、私ポパイとマヨネーズ、そしてonちゃんが通わせていただいている、Clinica Las Condes (CLC) の紹介をしたいと思います!←今更ですが


そもそも、"Clinica Las Condes" って何…??

と思ったそこのあなた!

今から説明するのでご安心を。

「Clinica は英語のClinic に近いな!」というのは、誰しも考えるでしょう。

その通り!Clinicaはスペイン語で病院のことです。

では、残りのLas Condes とは一体何のことでしょう。

このブログを真剣に読んでくださっている方ならきっと分かるかと思いますが笑、Las Condes とは、サンティアゴ内の地域の名前です。

(ちなみに、辞書で調べたところ、Las は女性名詞複数形につく定冠詞、Condes は伯爵という意味のConde の複数形かと思われますが、Conde は男性名詞であり、そうすると文法的におかしい…。結局よくわかりません。まだまだスペイン語の勉強が足りませんね。どなたかお分かりになった方は是非教えてください笑)

このブログの中にも何回か登場してきたこの地域名ですが、このLas Condes 地域はサンティアゴ内でも高級住宅街であり、日本人の方々も多く暮らしている地域となっています。

そんな高級住宅街に立つ、チリ内でも有数な私立病院、それがClinica Las Condes なのです!

それでは、私たちが住んでいる家からClinica Las Condes までの道のりを紹介することにしましょう。

皆さんもチリに来ているつもりで、バーチャル体験をしていただければと思います!笑

Clinica Las Condes へ、レッツゴー!!


Clinica Las Condes までの道のり

まず、私たちが住んでいる家からClinica Las Condes まで行くには、ミクロ(バス)を使います。

日本と同じく、バスは406, 426, 430, C01, C01c などと、行き先に応じて名前が異なります。
(小文字のcの意味は未だによくわかりません…。)

C01c というバスが空いているので、私たちは毎朝それを狙っています笑

実際、以前のブログにも書いたように、バスの運転は超超超荒いので、座ることができないと乗って立っているだけで疲れてしまうのです。

さあ、バスに乗って揺られることおよそ20分、Clinica Las Condes 前のバス停に着きました。

バス停を降りると、天気が良い日はこんな眺めが広がります。

実に美しい。

雪に覆われたきれいな山々
また、Clinica Las Condes の近くには、手数料0でお金を下ろすことができる銀行のATMがあるのですが、なんと、そのATMがチリで流行りの爆破事件で壊されてしまったのです…泣

窓ガラスが割られ、天井も壊されています…

光が反射して少々見にくいですが、ATMが爆破されていますね、恐ろしい…
なので、今は手数料がかかってしまう銀行のATMからお金を下ろさざるを得ない状況に置かれています。

さて、少し話がそれましたね。

きれいな山々の方に向かって歩いていき、途中で病院が見えてきたら左に曲がって、いよいよClinica Las Condes ゾーンに突入です!

みなさん、準備はいいですか?


いざ、Clinica Las Condes へ!

さあ、みなさん憧れの、Clinica Las Condes 、Clinica Las Condes に到着しました!

Clinica Las Condes 
なかなかきれいですよね!

実は、この景色が撮れる前に、LACRC (Latin American Collaborative Research Center) という医科歯科の南米に置ける活動拠点のオフィスを通過しています。

少し、その中の様子も見てみましょう。


LACRC (Latin American Collaborative Research Center) 

LACRC のオフィスは、3号館(?)の2階にあります。

LACRC のオフィスがある建物の案内図
(絵がついていて、日本よりもわかりやすい!)

2階まで上ると、そこにはLACRC のオフィスが見えてきます。

LACRC のオフィス

さあ、中に入ってみましょう。

あ、先生と秘書さんがいらっしゃいます!

いつもお世話になっていますが、改めて1枚パシャリ。

イケメンが3人

ここは本当にきれいで居心地のよいオフィスです。

印刷物があるときや、先生に鏡検をお願いするときなど、こちらのオフィスにお邪魔させていただいています。

最近は、一緒に実験をしているonちゃんと頻繁にこのオフィスを訪れているので、「ちゃんと研究しているのか?」と思われていないか心配です笑

ちゃんとやっているつもりです笑

では、そろそろ私たちが研究をしているラボに向かうこととしましょう。


ラボまでの道のり

LACRC のオフィスとClinica Las Condes の病院を後にすると、少々物寂しい道に出ます。


Clinica Las Condes の病院を離れると、少々物寂しい道に

少々歩くと、左手にファストフード店が軒を連ねているのが見えてきます。

日本でおなじみのSUBWAYもあり、食堂のメニューに飽きてきた頃にたまに食べています笑

ファストフード店

通りを挟んだ向かいに、ラボへの門(?)があります。

ラボへ通じる門(?)

門を通り過ぎると、そこには、一面の駐車場が広がっています笑

無駄に広い駐車場

 このまま少し歩けば、いよいよラボが見えてきます!

僕たちが通わせていただいているラボ

「え、ちょっと待ってくださいよ!これって民家じゃないんですか?」

半分正解です。

どうやら、このラボはある民家を買い取ったものらしいです。

最初来たときはびっくりしましたね。

では、扉を開けて中に入ってみましょう!


ラボの中

ラボの入り口

ここのドアは閉まると自動的に鍵がかかるのですが、僕たちはその鍵をもらっていないので、写真の右下に小さく写っているインターホンを押して、中にいる方々に鍵を開けてもらっています。

鍵がほしい…。

そんなことはさておき、ラボの中はこんな感じです!

ジャーン!

ラボの中の様子

民家を改装しているとは思えないほど、ラボ感にあふれていますよね。

こちらもきれいで気持ちがよいです。

手前に2つ見えているのがPCRの機械で、奥の方にはインキュベーターなどがあります。

また、こちらとはまた別の部屋で、私たちはDNAの抽出や薄切などを行っています。

さて、先ほどの写真で階段があったかと思いますが、その階段を上って2階に行ってみましょう。

すると、そちらには先生の書斎と、ミーティングルームがあります。

ラボの方々とのミーティング開始前の様子

上の写真は、私とonちゃんのプレゼンテーションの前に、みんなでミーティングルームでピザを食べたときの写真です。

なんだか楽しそうに写っていますが、この後には激しいディスカッションが繰り広げられ、正直かなり疲れました…。

英語で自分の意見を堂々と述べるのにはまだまだ時間がかかりそうですが、精一杯努力しようと思っています。


いかがでしたでしょうか。

Clinica Las Condes への旅、楽しんでいただけましたか?笑

それでは今日はこの辺で失礼します!


¡Adios!

ポパイ




2014年7月10日木曜日

チリと日本で似ているところ、異なるところ #2

Hola!
こちらに到着してからちょうど1か月です。1か月って早いですね。研究自体があまり進んでいる実感がないのでちょっと焦ります…(;・∀・)

今回はマヨネーズに引き続きチリと日本で似ているところ、違うところについて書こうかなと思います。


*人・習慣*
喫煙者がほんっっっとうに多いです…老若男女に関係ありません。サンティアゴの大気汚染の一因を担っているのではないかと個人的には思ってみたりしています。
でも室内は基本的に禁煙なのでレストランの中や建物の中はスモークフリーとなっていて、もしかしたら日本よりも快適かもしれません。笑 バルコニー席などは喫煙可なのでできるだけ座らないようにしています。
そしてラテンアメリカだからかわかりませんが、みなさま歯が浮くような、日本人だったら言っても言われてもむずがゆくなってしまうような褒め言葉をさらっと口にします。特に女性に向かって、きれい、かわいい、などと言うことにためらっている様子がないです(/∀\*)
ついでにどのカップルもアツアツです。ちょっと目のやり場に困ってしまうこともありますが…幸せそうなので何よりですw



*交通―車&信号*
前にも誰かが書いたように田舎で車が少ない、というわけでもないのに下道でどの車も飛ばしています。信号が変わるぎりぎりまでスピードを落としません。信号も歩行者と車用の信号で変わる時間に差がなく、東西方向の信号が赤に変わってから南北方向の信号が青に変わるまでにかかる時間は1秒もないといった印象を受けます。また、歩行者に道をゆずるといった印象もあまりありません(^^;; 車は信号が変わるギリギリまでとばしてきますし、歩行者も見計らって信号無視をしている姿を目にします。よく事故が起きないなと感心します。笑 でも車の傷や汚れの多さから察するに特に市の中心部では擦るくらいの事故は頻繁に起こるのかもしれません…。
ちなみに車は全てマニュアル車、ブランドは旧市街ではChevroletやHundai, KIAが多く、Las Condesなどの高級住宅街に近づくとToyotaやNissanなどの日本車やアウディなどをみかける頻度が高くなっていきます。他に見かける車種としてはFord, Subaruなどの頻度が高めです。



*医療システム*
たまには少し真面目なお話も。笑
研究室の方に伺ったお話ですが。たまたま日本の病院のシステムってどうなってるの?と聞かれこんな話になりました。
日本の医療システムでは一般的には医療費の30%が個人の負担になっていますよね。特別な疾患や高齢者など、例外では1割負担だったり全額を国が負担してくれたり、といった形でサポートがなされています。でも、違いはそれだけでもちろん大きな総合病院では紹介状がないと5400円くらい余分にお金がとられるというシステムはあるものの、医療へのアクセスや公立病院、私立病院で大きな違いがあるわけではないと思います。(病院の多少のきれいさの差はあるかもしれませんが…笑)
チリの病院では、公立病院と私立病院では状況が全く異なります。公立病院は人々のための病院、私立病院はお金持ちのための病院といったイメージです。病院のある地域も、患者層も、きれいさも違います。3人の学生が研究をさせていただいているCLCも高級住宅街であるLas Condes地域にある私立病院の一つ。いらしている患者さんたちもお育ちのよさそうな方々が多いし、外装、内装共にきれいです。

こちらの写真はまだ工事中の将来のメインビルディングの中です。一見ホテルのロビーと見間違うくらいにきれい!!!です(*´∀`*)

一方、チリ大学付属病院をはじめとする公立病院と言われる病院では、科にもよりますが廊下には順番を待つ人が列をつくり、聞いた話ではある手術を受けるのに1年待ち、などといった状況も生じているようです。人々は収入によってA, B, Cの3クラスに分けられ、それぞれの収入に応じて支払う医療費の割合・額などが変わるようです。もちろん病院の中もきれいとは決して言えません。いらしている患者さんもCLCなどとは違うなということを肌で感じました。
チリ大附属病院外観

パスカル